去年の夏、SERICA 8315を買った。
フランス時計が好きな自分は、暇さえあればインスタグラムでまだ見ぬフランスブランドを探している。歴史的にスイスとの国境付近が時計製造のメッカだったこともあり、意外なことにフランス系の時計ブランドは結構ある。
内訳を見てみると、ブレゲやカルティエといった巨大ラグジュアリーグループ所属のブランドやエルメス、シャネルのようなハイファッション由来のところがまず挙げられる。ただし、これらのブランドはそもそもフランスブランドであることを特にアイデンティティとしていない。特に時計については。
中堅ブランドもあるにはある。例えばlipとかHerbelinとか。商品の主体がクオーツの、どちらかというとファッションオリエンテッドなところがいくつか。同じ中堅系でもYemaやPequignetはいち早く高価格帯にシフトしていて、lipなどはこれからその後を追おうとしている印象。
そして大量のマイクロブランド。それも大きく「歴史は長いけどクオーツ革命以降に倒産して名前だけ残っていたものを復活させたパターン」と「完全新規創業」に分けられる。物は玉石混淆で、後者の代表、今をときめくBalticのようなところもあれば、光るものが何もないところももちろんある。
そんな新規創業組でBalticと並んで勢いがあるのがSERICA。
インスタグラムで「frenchwatch」とタグを入れて検索するとやっぱりこの二者の投稿がかなり多い。物は確か、オシャレで時計好きの心をくすぐるデザイン、そして優れたマーケティングと広報。それだけ揃えば当然のように人気になる。いまや情報弱者の自分ですら存在を知るくらい有名になった。
ただ、しっかりした日本総代理店がガンガン情報発信をしているBalticに比してSERICAは日本市場での露出が全くない。代理店もない。
そんな情報不足の状況だからこそ、自分の貧弱な経験も少しは役に立つかもしれない。
手に入れてもうすぐ1年が経つこのタイミングで色々思ったことを書いてみたい。
文字盤と針
本当になんということはないドットとバーの組み合わせで、似たような時計は大量に存在する。
でもすぐにSERICAと分かる。
ドットを円周部から中心に少し動かしただけなのに、それだけで一つのアイコンになる。
文字盤の地は艶ありエナメルの黒。どの角度から見ても黒。マット塗装のようにグレーがかることはない。
アワーマーカーは蛍光塗料を分厚く盛っただけ。アプライドではない。色はほんの少しだけクリームがかった白。
針については極短の時針が印象深い。
デザインのカッコよさに加えて視認性がとても良いところが気に入っている。
普通の時計はアワーマーカーがケース周縁部にあるため、時針が短くなると必然的にアワーマーカーと針先端の距離が遠くなる。一方SERICAは文字盤デザインの副産物としてそれがほとんどない。結果、瞬間の読時性が高まっている。
誤差だろうと思うかもしれない。かくいう自分も最近まで気づかなかった。でも本当に見やすいの。
視認性を重視して作られた軍用時計各種と比べてもこれが一番いい。針がマーカーまで届いているって重要だなと認識を新たにした。
(左:SERICA 8315GMT 右:Omega Speedmaster Broadarrow)
視認性の点では問題もある。
というか、時針の見やすさなんかよりよっぽど問題。
円周部の24時間マーク。
なんでこれを付けたのか本当に分からない。機能的にはほぼ意味が無いのでデザイン上の理由だろう。
写真赤矢印で示したこれ。
鬱陶しいことこのうえない。分目盛りの5分区切りと無意識に混同してしまう。正直かなりの迷惑を被っているので、これが無くなったバージョンが出たら買い直したいくらい。出ないだろうけど。
クリアランスは自分の中では十分に満足がいく仕上がり。文字盤が過度に落ちくぼんだ感じはない。
ベゼルと風防
公式サイトでも各レビューサイトでも必ず触れられているベゼル。
回転式GMTベゼルとして定番と違うのは昼夜それぞれ12時間表記が採用されているところ。自分は24時間表記が染みついているので未だに戸惑う。
黒地の部分の10と2の間には「ANTE MERIDIEM」、白地には「POST MERIDIEM」と表記がある。恥ずかしながら最初なんのことか分からずググった。
要するにAMとPM。
ただ、それが分かっても未だに直感的な理解が難しい。通常と同様24時間表記の方がいいけど、逆に普段からAM/PMで時間を考えている人にとってはこちらの方がスムーズだろう。
あと気づきづらいところでは白地(昼間)の面積が黒地(夜)よりも少しだけ大きい。使用上の恩恵は特にない。
素材はセラミック。白地の方は特に言うことはない。白。
面白いのは黒地の方。光の当たり方で若干墨色っぽくグラデーションがかかる。
同じくセラミック黒ベゼルのサブマリーナと比べてもSERICAのほうがより薄くなるような気がする。セラミックの製法とか光の当たり方とか詳しいことは全く分からないので、実際は目の錯覚に過ぎないのかもしれない。ただ、そういう印象を強く持った。
回転させたときのクリック感は無い。
カチカチと音はするけれどほぼ無抵抗にぬるっと回る。逆を言えばちょっとした衝撃で簡単にずれる。
GMT系の「カコッ・カコッ」と時間単位で動く感じとは全然違う。
自分は回転ベゼルを実用することがほとんどないので暇なときにこのぬるぬる感を楽しんでいる。
これも正直機能性はない。
風防については最近のマイクロブランドではめずらしくフラット。
ロレックスのような分厚い板を積上げたものともまた違い、ベゼルの高さにほぼ合わせてある。
ケース
購入して以来ずっと最高に気に入っているのがこのケースサイズ。
直径39mm、縦の長さ46mm、厚さ12mm。全て実測。
数字だけ見るとごく普通なんだけど、実際に着けると本当に小さく感じられる。ベゼルと文字盤のデザインがそう感じさせるのか。とにかく印象は「コンパクト!」。
公式41mm径なのに明らかに39mmくらいに感じることで定評(?)があるアルパインイーグルと並べるとこんな感じ。径が3mm違うはずなのに、大きさがほとんど変わらないように見える。
逆パターンで、SERICAと同じく公称39mmのBaltic Tricompax と比べるとこんな感じ。どう見てもBalticの方が大きく感じられる。
本当に時計の直径表記は当てにならない。あるいは人間の視覚のほうがあやふやなのか。
ラグの辺りは外側に向かってねじるように切り落とされている。スピードマスターのツイストラグのような複雑さはないけれど結構綺麗で、マイクロブランドにありがちな中華製汎用ケースとはひと味違う雰囲気を感じさせてくれる。ヘアラインとポリッシュの切り分けも比較的丁寧。
ムーブメント
ムーブメントはスイスSOPRODのC125。自動巻きで40時間のパワーリザーブ。
特筆すべきはクロノメーター認定がなされているところ。
(クロノメーター認定証と箱)
一昔前ならば高級機の証だったクロノメーター認定がマイクロブランドまで降りてきた。というよりも、大手の高級機では当たり前になってしまったためわざわざ認定を取らないところが増えた結果、枠が空いたのかもしれない。
クロノメーター認定は認定する場所によって重要度が変わるとかなんとか色々聞きかじったけれど、なにはともあれ文字盤に「CHRONOMÈTRE」と印字されているだけで無意味に気分が上がる。
GMT機能は24時間針が独立して動く形式。時針だけ動く機能は無い。
ソリッドバックなので機械をみることは出来ない。
ストラップ
純正ストラップはピッグスキン。
12時側70mm、6時側110mm。ラグ幅20mmで14mmまでテーパードしている。一番ケースに近い穴までの距離は52mmで穴のピッチは6mm。12時側の短さが奏功して細腕でも使いやすい。
現在売っている物はレザーっぽい型押しのラバーになっているようなので、このストラップが欲しければ別売りで買うしかない。快適で質感も高いストラップだけど今オプション価格を見たら€129。そこまでの価値があるかといわれると微妙。
20mmラグのおかげで社外品を選び放題なので、国内の既製品を探した方がいいかもしれない。
昨年末あたりにラグの部分をすっぽり覆う金属のエンドリンクが出た模様。エンドリンクと新型尾錠のセットで€199…。
円安を呪う。
いずれにしても20mmラグと癖のないラグ回りが幸いして、ストラップ選びが楽しめる時計だと思う。
自分が一番気に入っているのはHERMANN STAIBのメッシュブレス。夏場は大体これ。ただし長さの微調整が出来ないので最適なフィット感を追求するのは難しい。質感は抜群なんだけど…。
まとめ
有名な時計「っぽい」デザインに背を向けてオリジナリティを出すのって本当に難しい。
いや、それ自体は難しくない。素人目にもアレな方向で独特なデザインの時計は山ほどある。
オリジナリティが「カッコいい」と思われて多くの人に受け入れられるのが難しいんだ。
SERICAのGMTとダイバーはその難行を乗り越えた数少ない時計だと思う。
独りよがりではなく、ちゃっとカッコよくアイコニック。遠目にも文字盤を見ればSERICAと分かる。これはすごい。
ヴィンテージデザインの換骨奪胎が中心のBalticよりも明らかにユニーク。針やアワーマーカーの夜光に若干パティーヌをかけていたり、針の形がアローだったり、ヴィンテージの要素はちょこちょこ入っているけれど、全体としてはモダンな時計だと思う。モダンでかつ、カッコいい時計。
物自体については一言、とても質感が高い。
「ここの仕上げがこうだから〜」と理由を説明できないのがもどかしいんだけど、とにかくカチッとしている。小ぶりな印象を受けるケースにはちゃんとステンレスが詰まっていてベゼルも文字盤も綺麗。手巻きの感覚も軽快で心地いい。針を動かしたときの突っかかりもない。
なんというか、精密さを感じる。
デザインにおいても品質においてもSERICAは他のマイクロブランドとちょっと違う。
文中ずっと比較対象としているBalticはヴィンテージ色が強いこともあってか、もっと荒っぽい。
カチッとしてある程度モダンでオリジナリティがあって、と考えていくと、SERICAはマイクロブランドというよりはメジャーブランド、例えばオメガとかチューダー(非ヴィンテージライン)に近い感じを受ける。
消してしまった以前のブログ記事で自分はたしか「SERICAはマイクロブランドとしては出色だけどメジャーブランドと比べると平凡」といった結論を書いた気がする。その考えは当時とあまり変わらない。
ただ、一年前と比べて金額の上昇がとんでもないことになっているメジャーブランドの時計を想起するに、未だ€1890でこれを売っているというのは非凡なことだと思う。
メジャーブランドの時計を一通り買ってきて、マイクロブランドの時計もいくつか買ってみて、この二つの世界の間にある壁は結構高いと感じている。ブティックがあるとか購入時にシャンパンが出てくるとかそういう二次的な要素を除いて物自体だけを見てもやはり違う。
メジャーブランドの時計は自分たちのデザインを実現するためにケースも風防も独自のものを作る(作らせる)し、ムーブも自作する。もちろん価格との兼ね合いがあるから完全にデザイン優先にはできないけれど、明らかに自由度が高くちぐはぐさがない。
一方マイクロブランドの場合、コストの制約ゆえに中華系サプライヤーが作った汎用部品を組み合わせなければならない。部品が先にありデザインが追従する。追従するというか上手く生かすというか。そして、上手く生かそうとすれば一番ハマるのはビンテージ系のデザインなんだろう。結果としてマイクロブランドは独立系で自由なことが売りのはずなのに、出てくる時計はみんなどことなく似ている。
そんな中でSERICAはモダン寄りを志向して、見事にそれっぽいものを作っている。デザインだけでなく質感も含めて。
その裏にどんな工夫や努力があるのかは素人の自分には見当も付かないけれど、できあがった時計を享受することはできる。
昔からのブランドが次々に大手資本の傘下に入って、界隈が煌びやかになり品質はすごく向上したものの、一方でデザイン自体は違えどどこか似たような雰囲気を漂わせるようになった。そしてマイクロブランドが出てきて、いわゆる「自由な発想」で多様性を生み出した。でも、自由なはずのマイクロブランドも今や大体「似たようなパーツ、似たようなムーブ、似たようなデザイン」に収斂しているように感じられる。
そんなとき、SERICAが持つ謎の高クオリティと秀逸なデザインは救いになる。
超絶技巧を駆使したムーブもないし超軽量な新素材もない。奇抜なケースデザインもない。だけど、自分にはなぜかSERICAがとても目新しく感じる。
いや、150万円くらい出せばそういうインディペンデントブランドは結構あるよ。銀座の一等地にあるお店で一点物っぽく色々売ってる。
でもSERICA8315、€1890なので。