自分はあまり衝動買いをしない。特に時計は。
たまたま時期が重なってしまうこともあるけど、大体は結構前から目を付けていたものを買っている。毎回清水の舞台から飛び降りる勢いで。
MIL-SHIPSはそんな慎重な自分が久しぶりに衝動買いした時計だった。
家の近くにモールがある。日常生活の諸々を揃えるために頻繁に行く。
その中に一軒、時計屋さんがある。
モールによくあるタイプのチェーン店で、大体5,000円から50,000円くらいまでの時計が置かれている。CasioやTimex、SEIKO、Citizenなど、なじみ深いブランドがショーウィンドウにぎっしりと並べられている。
これまでも近くを通るとチェックしていた。店内はあまり広くないので1分もあれば大体見ることが出来る。
調べてみたらCitizen系列のお店らしく、いわれてみればちょっとだけCitizenの品揃えがいい。
その日も暇つぶしにふらっと入った。ショーウィンドウには大体SEIKOやCitizenのスポーツモデルがぎっしり並んでいる。SEIKOモンスターの最新モデルとかもあってちょっと気持ちが揺らぐ。
ふと見ると、この時計が置いてあった。特にPOPも説明も無く普通に並んでいた。
目が釘付けになる。なんだこの謎の時計は。全体の雰囲気はフィフティファゾムスの初代っぽいけどラグ幅が異様に狭い。きれいに半球型をしたドーム風防。分厚くしただけのクッション風防ではなくまさにドーム。
店員さんに時計を出してもらい説明を聞くと、昔の製品の復刻モデルらしい。値段からして風防はアクリルかと思ったらまさかのサファイア。回転ベゼルの動作も面を押し込んで回すタイプで手が込んでいる。ちなみに両回り。60クリック。
試着してみたところラグもぎりぎり腕からはみ出ない。
そして購入した。今回も清水の舞台から飛び降りた。
ケース
ケース径は41mm。厚さはサファイア風防込みで16mm(風防抜きだと12mm)。縦の長さは51mm。
形状はいたってシンプルな円筒形でベゼルもボディからはみ出していない。そこに細いラグがシュッと出ている。ラグ幅脅威の16mm。
手を添えなくても直立するくらいサイドが垂直。このアングルだと風防のふくらみ具合もよく分かる。ラグ穴が開いていること分かるように、ストラップ接合部は嵌め殺しではなくバネ棒仕様。よってNATO系以外のストラップを付けることもできる。
デザインは初期の軍用フィフティファゾムスと同じような感じ。後で調べたところ、むしろMIL-SHIPSの方が先に開発されているみたいなので、多分当時の軍用潜水時計に求められる共通のデザインコードかなにかがあったんだろう。
裏蓋はクローズドバックで、潜水服のヘルメットの彫り込みが入っている。発売当初はこれとは別に限定生産の高いやつも出ていたようで、そちらのほうは潜水服が浮き彫りになっている模様。
ムーブメント
ムーブメントはMIYOTAのスタンダードグレード三針。残念ながら日付はなし。
MIYOTAの自動巻きはローター音が大きくて気になることがあるけど、MIL-SHIPSの場合ケースの厚みもあってかほとんど聞こえてこない。振動も感じない。もちろん耳の近くで振れば別だけど。
必要十分な中身だと感じる。限定品はセリタが入っていたらしい。正直どっちでもいい。
MIYOTAにすることでコストダウンして、浮いたお金を外装につぎ込んでいることがよく分かる。そういえばMIYOTAもシチズン系列か。
ストラップ
多分一番悩ましいのはここだと思う。16mmラグでとても面白いプロポーションを実現した代償にストラップの選択肢が大きく減った。
左がMIL-SHIPS 右はエベラール・トラベルセトロ(43mm径、ラグ幅21mm)
純正は濃紺のファブリックNATOが付いている。結構しっかり厚みがあって伸縮性もちょっとだけある。穴は革で補強されているので伸びてしまうことはない。とても快適な着け心地。
ちなみに通常のNATOとは異なり1本のベルトをただ通すだけの引き通し。多分この厚みで通常のNATOにしてしまうとケースの裏でベルト地が2重になって腕から浮きすぎるためだろう。
問題はここから。16mm幅の上質なNATOベルトが社外品でほとんど売っていない。
何とか探してJBタイプとサンドベージュタイプを買ってみたはいいものの、織りや細部の処理、手触りに不満が残る。せっかくカッコいい時計なんだからストラップも気に入ったものを付けたい。
色々考えた結果、普段はまず選ばないレザーNATOを試してみた。
レザーのものはファブリックに輪をかけて選択肢がない。
よって、選んで買ったと言うより「これしかなかった」から買ったレザー。
ただ、そんなに悪くない。革の質が良いとはお世辞にも言えないし、端の部分の処理とか表革がめくれてきそうで不安が残る。でも、このなんとも言えないラフな感じ、言葉を飾らずに言えば「安っぽさ」が時計本体の来歴と合っている気がする。ファブリックだとただただマイナスに振れる「安っぽさ」がレザーだと味になる。レザーはずるい。
そんなわけで今のところレザーNATOで安定している。
本音を言えばBulova純正で何色かレザー、ファブリックを出しておいて欲しかった。OMEGAほど充実させろとは言わないけど、もう少しその…。例えば一色だけでもいいからレザーバージョンも出しておくとか。
ちなみに「ケース」の項で触れたように、この時計はバネ棒仕様なので普通のストラップを付けることも出来る。ただ、16mmとなるとレディースカテゴリになっている場合がほとんどで、正直自分はピンとこない。ラグが長めのため、普通のベルトを付けると本体との間に目立つ隙間が出来るのも微妙。やるならオーダーになるけど、ラグ幅16mmだと他の時計に流用できずこの時計専用になる。それでオーダーはちょっとコストパフォーマンスを考えてしまう。
着け心地
41mmの円筒形ケースに分厚いサファイヤ風防。そこに16mmの細いヒモのようなストラップ。
もうこの情報を見ただけで装着感は期待できないと分かる。
はずだった。それが意外なことに装着感は悪くない。むしろいい。
ストラップが細いゆえに普段よりもきつめに巻いても圧迫感がない。きつめに巻くからケースが揺れない。この流れで意外な安定性を作り出している。
これが昔の軍用品の忠実な復刻であることを思うと、制作当時に装着感を意識していたとは考えづらい。本当に偶然なんだろう。
いずれにしてもありがたい限り。
まとめ
衝動買いして数ヶ月が経ち、週一回くらいのペースで着けているMIL-SHIPS。
着ける度にブランドがこの時計を出した意図に悩む。
どう考えても時計好きな人向け。その中でもよりニッチな「軍用潜水時計好き」だけに刺さるデザイン。もっとストレートに言えば軍用フィフティファゾムスとかのヴィンテージを集めているタイプの人向け。であればブランパンの500万金無垢とはいかずとも、ムーブをラジューペレ、あるいは当時のムーブを完全復刻とかにして、ベルトも何本かバリエーションを出して50万あたりで売ればいい。
なのに10万円で(限定でもセリタ入りで30万行かない)安価なクオーツ時計を売っているチェーン店に無造作に並んでいる。ということは、ターゲットは時計を「完全に実用の道具としてみる人」や「手軽なアクセサリとして見る人」ということになる。もしそうならば10万円は高いし装着感は悪そうだし、なかなか厳しい戦いになる。
デザインはね、自分は大好きなのでイケると信じたいけれど。
結局のところ、Bulovaというブランドが老舗であることをアピールするためのショーケースなんだろう。時計そのものよりも「こんな時計を数十年前に作っていた」という歴史情報を広めるためのもの。つまり「出したことが重要」。そんな気がする。
でも、その割には纏まった広告やレビューは公式とHodinkeeにあるのみで、それも単発に終わっている。謎。
ただ、そういう諸々の事情は抜きにして、モノ自体はかなり気に入っている。ケースもベゼルも文字盤もしっかり作り込まれている。サファイア風防の盛り上がり(4mmも!)はいつ見てもワクワクする。16mmラグは相当に尖った選択で唯一無二のプロポーションをもたらしている。おまけに装着感もいい。
ラフな格好だけではなく、ちょっと目の粗い生地で作ったスーツにニットタイとかなら案外ハマるデザイン。
そして「フィフティファゾムスのコピー”ではない”」という歴史。
そんな時計を(自分も含めて)お金持ちではない普通の人が手を出せる価格で出してくれたのは本当にありがたい。
衝動買いの言い訳をこんなに長々書いてしまった。